「もしアドラーが上司だったら」をご紹介|自分を追い込む癖がある人には、ぜひ読んでいただきたい

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ベストセラーになった「嫌われる勇気」という書籍がきっかけで世に広まった「アドラー心理学」ですが、仕事で取り入れるには少し「コツ」が必要です。その方法を小説仕立てで教えてくれる本が「もしアドラーが上司だったら」です。

世間のしがらみや、他人との比較、承認欲求に振り回され、難しく考えすぎていたかもしれないな、と気づかせてくれる一冊ですので、仕事やSNSなどのおかげで人間関係に疲弊しがちな人に、ぜひとも読んで頂きたいです^^

うつ病を発症して半年が過ぎた頃に出会った書籍ですが、「この本ともっと早く出会えていれば、こんな事にはならなかったかもしれない…」と、タラレバしてしまうほど影響を受けた本です。
公私ともにストレスを感じており、日々息苦しさを感じながら過ごしていた私は、この本を読んでから呼吸をするのが楽になりました。

また、この書籍に限った話ではありませんが、アドラー心理学を日々の生活に取り入れると、心の健康を保つのみならず、仕事ができる人になってしまうという、一石二鳥の内容になっています。

そんな上手いこと行ったら、人生苦労しないよ…と、思いつつも、ダメ元でアドラー心理学実践中のうーぱみです。
実践&習慣化の過程や、その結果どのような変化があったのか?については、まだ後日談として記事にまとめたいと思います。

「もしアドラーが上司だったら」がどのような内容なのかを、章ごとにざっくりと、ご紹介いたします。うーぱみのプチ感想も載せておりますので、ご興味を持たれた方はお近くの図書館や、本屋さんでぜひ、お手に取ってみてください。

勇気

「できているところ」に注目する。「できていないところ」は注目しない

第一章では、部下のリョウが落ち込んで悩んでいると、上司・ドラさんは「失敗」ではなく「経験」に目を向けるよう促します。失敗にばかり注目する「負の注目」ではなく、日常の小さな成長やできていることに意識を向ける「正の注目」を与えることで、勇気を補給できると教えます。

「できない」ことに注目して自分を責めても、やる気は続きません。アドラーは、「できているの小さな事実を積み重ねて自分を認めることが、継続的な自己肯定感や内面の安定につながると説いています。また、アドラー心理学は「勇気の心理学」と呼ばれ、勇気があるからこそ学び、努力、協調といった有益な行動ができるとされています。勇気が欠けると、逃げ・攻撃・言い訳といった無益な行動に陥りやすくなると指摘されています。
そう言われてみれば、多少調子に乗っている時の方が、落ち込むことなく上手く世渡りができていた気が…

目的論

多面的に意味づけて見る。ポジティブな面に注目する

第二章では、大事な取引先との信用を失うほどのミスをしたリョウに対して、ドラさんはこう言います。「これは失敗ではなく、経験だ。もし、キミが今回の件で『失敗』という面ばかりに注目をすればするほど、心のガソリン、勇気は減っていくだろう。その結果、キミの挽回するエネルギーが奪われていく。しかし、キミがきちんと『経験』という側面に注目を与えれば心のガソリン、勇気は増えていく。つまり、挽回するエネルギーが高まるに違いない。さあ、キミがしたいのはどっちだい?」と。

出来事の解釈を選び直し、ポジティブな目的に向けて活用するという、目的論 × 認知の主観性の融合したアドラー的アプローチです。うーぱみは自責思考が強いので、このお話を読み終えた後は、自分を責めるより「これをどう活かせるか?」に目を向けられるようになりたいと思いました。

無理矢理ポジティブに考えない。ネガティブな自分も、ただ見る

第三章では、「ネガティブな感情を押し殺してはいけない。否認、抑圧、歪曲せず、自分に正直でなければならない。そしてネガティブな感情を評価せず、ただ見る、まっいっかと。」と、ドラさんは言います。そして、負の感情に注目せず、切り替えることで、心が軽くなるのを感じるリョウでした。

以前のうーぱみはネガティブな感情に嫌悪感が強く、感情を押し殺す習慣があり、いつの間にか自分の本心が分からなくなってしまいました。上司の望みが自分の望み、家族の望みが自分の望み…という具合に、他人軸で生きていました。しかし、この記事を書いている時点で、休職して半年以上経過しており、この章の意味を理解できるほどに、自分の本心が聞こえるようになってきました。真面目すぎるのか、自分に潔癖すぎるのか、ネガティブな自分を受け入れることが、こんなに大変なことだとは思いませんでした…

自己決定性

「やりたくない」ならやめる。「やりたい」ならやる。 「やらされている」と嘘をつかない

第四章では、仕事やタスクが山のようにある状況で、「やらされている感」に陥りがちな心を、ドラさんは、このように指摘します。
今抱えている仕事や責任は、自分が受け入れた「自己決定」の積み重ねである…と。

「やらされている」ではなく、「自ら選んでやっている」と捉えることで、自分が選んだことだからこそ、仕事に対して「愛情」を持って取り組めますし、「やめるという選択肢も選べるのだと認めることで、心の負担は軽減されます。
アドラー理論の1つ「自己決定性」に焦点を当てた内容となっています。
(アドラー心理学の、優しいようで手厳しい一面がチラついてます…)

自己受容

「機能価値」と「存在価値」をごちゃ混ぜにしない。ありのままの自分を受け止める

第五章では、リョウは自分の営業成績が同期と比較して不振であることを理由に、「成績の悪い僕は劣っている。負けている。」と自分の価値まで否定していました。そんなリョウにドラさんは“機能価値(仕事の成果や能力など、行為による価値)と“存在価値(努力の有無に関係なく、その人がいるだけで価値がある自分の存在を混同しないよう指摘します。

アドラー心理学では自己肯定感よりも、自己受容の力を重んじています。「できる・できない」は学習や経験で変えられる部分で、自分自身の存在価値は変わらない、という自己受容の力を伝えてます。
コンプレックスや苦手なものは人間誰しも持っているもの…そんな自分も愛嬌があって可愛いな、伸びしろがあるな、と受け入れられるようになりたいですね。

不完全な自分をそのまま抱きしめて、自己受容する

第六章では、「ずっと、ダメな自分を責めて、むち打って、それでようやく人並みに頑張れるようになったんです。そんな私が『存在価値』なんかで自分を甘やかしたら、今よりもずっと悪い昔に戻ってしまうような気がして恐いです。」と、営業のアシスタントであるリカは本心を打ち明けます。そんなリカにドラさんは「人は厳しい物語の方がカッコイイと感じる。リカの成長過程の中に、リカのことを認め勇気づけてくれた人は本当にいなかったかい?ダメな自分を責めて叱咤激励するのは、ブレーキを踏みながらアクセルを踏んでいるようなもの。そんなことを続けていたら車は壊れる。ブレーキを外すんだ。」と。そこでリカは気づきます。自分のことを褒めて勇気づけてくれた先輩の存在を思い出し、自分は「おだてられて調子に乗って成長してきた」ことを…

第五章に続き、自己受容のお話でした。うーぱみもリカと同じ考え方の持ち主で、自分を甘やかすことで退化することが恐怖でなりませんでした。また、他者に馬鹿にされたことを引きずり「見返したい」というネガティブな感情をエネルギーとして頑張っていましたが、そんな努力はブレーキを踏みながらアクセルを踏んでいるようなもの…やはり心身共に負担が大きく、毎月のようにストレス性の胃腸炎になっていました。それでも無理して、残業や休日出勤をして体調不良を長引かせる、という悪循環を繰り返していました。
「追い込む頑張り方よりも、楽しく調子に乗って頑張った方が健全に成長できる」そんな考え方を大切にうーぱみも努力していきたいなぁ、としみじみ思いました。

共同体感覚

毎日誰かを喜ばせる

第七章では、いつも営業成績トップ争いをしているツヨシは、自信満々で人を見下す態度が目立ちます。一方で、なかなか成績が上がらず自信の無さから、おどおどしていたリョウ。表現が真逆といえど、二人とも勇気が不足していたことが原因、と指摘するドラさん。そして、自分を勇気づけられようになり、自信が持てるようになったリョウに対して、ドラさんは宿題を与えます。「自分を勇気づける、次のステップは相手を勇気づけることだよ。毎日誰かを喜ばせるんだ。相手を勇気づけると、自分も勇気づけられるんだ。」と。

まず、自信満々で他者を見下すツヨシと、自信がなくおどおどしているリョウが、同じというドラさんの指摘について解説すると、アドラー心理学では、「優越コンプレックス」と「劣等コンプレックス」が存在し、どちらも劣等感から派生する概念です。
優越コンプレックスは、内心では強い劣等感を抱えているにもかかわらず、それを隠すために過剰に自分を大きく見せようとする状態を言います。
一方、劣等コンプレックスは、「自分は劣っている」という感覚が強くなりすぎ、諦めたり挑戦を避けたりして、行動や成長の妨げになってしまう状態を言います。
アドラーは「人間は理想や目標とのギャップを埋めるために努力する生き物」とし、劣等感は味方であるとしつつも、成長の妨げになる「優越コンプレックス」と「劣等コンプレックス」は、持つべきではないと否定しています。
他者から見れば、2人の行動は真逆すぎて、どちらも劣等感という同じ原因を抱えているとは気づきづらいですが、ドラさんにはお見通しだったようです。

また、アドラー心理学では、貢献感が幸せにつながると説いています。相手を勇気づけることが出来れば、自分は相手に貢献でき、誰かの役に立つことができる。その結果、自分には価値があり、能力があると思え、好循環が生まれると。
ドラさんの宿題の「毎日誰かを喜ばせる。」はハードルが高そうに感じますが、アドラーの言う貢献感は自己満足なものでも良いと定義づけされています。うーん…それなら、なんとか毎日続けられそうな?気がしてきました。

課題の分離

相手からの見返りを求めずに、まずは自分から始める

第八章では、ドラさんの宿題を実行に移したリョウが、給湯室に放置されたコーヒーカップを全員分洗い、リカに感謝されます。そんな2人の姿を見たツヨシは嫉妬したのか、周りに陰口を言い、笑っています。ツヨシの態度を見たリョウは「余計なことをしなければよかった。」とカップを洗ったことを後悔します。
リョウの異変に気付いたドラさんは「カップを洗うか洗わないかはリョウ君の課題。それにどう反応するかは、彼らの課題。こんな風に『それは誰の課題か?』を明らかにして、自分の課題だけに集中する、他人の課題を解決しない。アドラー心理学ではそれを『課題の分離』と呼ぶんだ。他人の課題に踏み込むから対人関係がうまくいかない。できないことをやろうとするから苦しいんだ。キミはキミの課題だけを考えればいいんだよ!」と伝えます。

皆さんお待ちかねの「課題の分離」が出てまいりました。うーぱみも、うつ病を発症した時期は、複数のしがらみにがんじがらめになってしまい、本質的な自分自身の課題を見失っておりました。アドラー心理学を学び、自分の課題のみに焦点を当てた時、ふっと肩が軽くなったことを思い出します。

自分と異なる意見を攻撃と見なさない。 相手と異なる意見を言うことを恐れない

第九章では、とある会議にリョウと同期であるツヨシ、ユウが参加しています。リョウは課題の本質にアプローチする提案をしますが、ツヨシはリョウの提案を「理想論だ」と否定します。そんなツヨシに反論しようとするリョウの前にユウが入り込み、ツヨシに共感します。ユウもツヨシの味方かと、がっかりするリョウでしたが、ユウは「ボクの考えを言わせてもらうね。ボクはね、実はリョウとまったく同意見なんだ。ツヨシが言うような場面に遭遇した場合は、その都度判断していくという進め方でどうだろう?」と提案します。リョウは一瞬、唖然としながらも、相手に押し付けずスマートに自分の意見を言うユウに憧れの眼差しを向けます。
リョウがやろうとしていたのは「①反対→②意見」なのに対して、ユウがやったのは「①共感→②提案」
リョウは、ユウの「同意しないけど共感する」という聴き方、話し方を忘れないように、頭の中に刻み込もうとしていた。

課題の分離」の応用編となる今回のお話。アドラー心理学では、相手の行動を「攻撃」と受け取るか、「親切」と受け取るかは自分次第であると考えます。
意見を否定されたとき、咄嗟にシュンとするのではなく「自分を守ろうとする反応なのか、未来の学びと捉えるか、選べる」冷静さが欲しい、うーぱみです…

より大きな共同体

目先の共同体よりも、もっと大きな共同体を大切にする

第十章では、リョウにとって最大のクライアントであるロイヤル自動車から、大型受注が得られず、さらには受注済みだったキャンペーンまでキャンセルになってしまいます。しかし、それには理由があります。リョウはロイヤル自動車の燃費データねつ造を知って、目の前の利益よりも、ねつ造したデータを信じて車を買う数万人の消費者の利益を優先したのでした。
そんなリョウに、ドラさんは言います。「リョウ君、キミの判断は正しいよ。残りわずかな宿題をキミに出そうと思う。『目の前よりも大きな共同体にとっての利益を優先する』これがキミの宿題だ」

企業や会社、地域社会などの組織に属していると、「組織の判断は正しいのだろうか?」と疑わしく思うこともあります。目の前よりも大きな共同体にとっての利益を優先するは正論といえばそうなのですが、いざ実行に移した場合、組織からの責任追及や、おとがめは免れません。アドラー心理学では、自分が下した判断に対して責任を取ることが求められます。
大人ならば当然?と頭で理解しつつも、手厳しい理論です…

信用と信頼

会社のルールは信用で動くが淡々とこなす。 しかし、対人関係は裏切られても信頼する

前話の大型案件失注により、第十一章でリョウは降格させられてしまいます。その不満を上司であるドラさんにリョウはぶつけます。「ボクを信頼している、という言葉は嘘だったんですか?信頼しているなら、なぜ、担当変更や降格させるんですか?」と。
そんな、とげとげしい口調の質問にドラさんは「当り前じゃないか!キミは目標を未達成かつ、顧客からクレームを受けた。担当を変更し、クライアントを減らし、目標を下げる。会社としては当たり前のことをしただけだ。リョウ君、ボクはキミが仮に会社を首になったって、刑務所に入ったって、キミの可能性を常に信じるよ。これからもずっとキミの存在価値を信頼しているよ。でもね、会社は違うんだよ。会社は常に条件付きの信用で動く。無条件で人を信じる信頼なんかで動きはしないんだ。」と、答えました。

ドラさんに裏切られたと、モヤモヤするリョウの気持ちも、組織に属する以上、上からの判断に従わざる得ないドラさんの気持ちも分かります。
さぞかしドラさんも申し訳ない気持ちでいっぱいなのだろう…と思いきや、すがすがしく「キミの可能性を常に信じるよ。これからもずっとキミの存在価値を信頼しているよ。」と返すドラさん…さすがです。
うーぱみも「一生ドラさんに付いていきたい!」と、思っちゃいました。

相手を信じ、自分を信じて、頼る、甘える、任せる

第十二章では、課長に昇進したリョウ、ツヨシ、ユウの昇進祝いと、ドラさんの送別会を兼ねて、営業部の面々はバーベキューをしています。
課長になったリョウは今まで以上に頑張ろうと、張り切ってバーベキューの準備をしますが、ドラさんに止められます。「リョウ課長、今日は本来、懇親を深めるのが目的だ。では、今、キミがすべきことは何だろう?部下に負けじと競う野菜の早切りだろうか?」
ドラさんに言われ、リョウはハッとします。「自分はどうすれば部下を勇気づけられるだろうか?自分が部下以上の高速スピードで野菜を切ることだろうか?いや違う。そんなことをすればするほど、部下は劣等感を感じるだろう。ボクが率先して動くほど、部下は活躍の場がなくなってしまう。そうか、これが『任せる技術』か!」
リョウは、自分が「働いていますよ」アピールをしていたことに気づき、恥ずかしくなるのでした。

社会人になり、年数を重ねると「自分でやった方が早い病」に陥りがちです。後輩や部下を信頼して任せることが、いかに難しいか…
「責任は取るから、自信を持ってやってみなさい。」と、言えるような上司になれたら、カッコイイなぁ…と、遠くを見つめるうーぱみです。

最後に


うーぱみ流に、物語の雰囲気を残したまま要約したり、+α プラスアルファで感想を載せてみましたが、いかがでしたでしょうか?
世界的なベストセラー本である「嫌われる勇気」も、アドラー心理学の書籍として有名ではありますが、個人的には「もしアドラーが上司だったら」のほうが、テンポよく手軽に読めて、初心者にはオススメだと思っています。
アドラー心理学は、子育てを中心とした対人関係に関する心理学ですが、「ビジネスの現場に応用する架け橋になること」を使命とする筆者の想いどおり、悩み多きビジネスパーソンに寄り添った内容になっているので、気になる方はどうぞお手に取ってみてくださいませ。

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